映画日誌 ベストテン 日誌

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 1999年 ベストテン 
■1999年が終わったので、慣例となっているいつもの儀式=ベストテンを選出してみたい。

1位 ガッジョ・ディーロ(仏、トニー・ガトリフ)
2位 スカートの翼ひろげて(英、デイヴィッド・リーランド)
3位 永遠と一日(ギリシア=仏=独=伊、テオ・アンゲロプロス)
4位 シュウシュウの季節(米、ジョアン・チェン)
5位 トゥルー・クライム(米、クリント・イーストウッド)
6位 ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア(独、ヨーゼフ・ヤーン)
7位 ウィズアウト・ユー(米、フィル・ジョアノー)
8位 天使が見た夢(仏、エリック・ゾンカ)
9位 パッション・フィッシュ(米、ジョン・セイルズ)
10位 該当なし

 『モンド MONDO』において、ただならぬ運動把握感覚を発揮したトニー・ガトリフが、3作目にして、とてつもない頂きへと駆け上がってしまった。それが『ガッジョ・ディーロ』である。 探すことをモチーフとした、映画史において永遠に繰り返される『市民ケーン』的な構造を持つこの映画は、あくまで歌を基底に置くことで、非常に慎ましい佇まいのまま展開していく。雪、酒、寒さ、ぬかるみ……、すべてが映画の貌をなしている。

 そこへ闖入してくる本物のジプシー老人。プロ役者から遥かに離れたこの存在は、侯孝賢における李天祿老人と共に、映画が1990年代に持ち得た老人の双璧をなしている。

 私は一昨年前まで、タイへ向かう際、無事に帰国できることを祈念しながら出国していたものだが、昨年の2月にこの『ガッジョ・ディーロ』を見て以来、映画の中で歌われる多少インド的な味覚を持つ鎮魂歌を頭にこびりつかせながら、もう日本に帰らなくてもいいな、と本気で思いながらタイ行きの飛行機へと乗り込むようになっていた。

 映画と列車は切り離せない関係にあるが、映画と列車の持つ新しい関係を誕生させたのが『スカートの翼ひろげて』である。線路の上に立つ男の姿に始まり、男の後方から煙を上げて迫ってくる列車、ホームに到着する列車、そして列車が出発して走り去ったホームには、3人のヒロインが立っているという、極上の幸福感を発散させたファーストシーンを持つこの『スカートの翼ひろげて』は、昨年の『バンドワゴン』に続いて、列車との関係を真剣に模索しながら映画の新境地をさらに拡大した歴史的作品である。

 『ガッジョ・ディーロ』と『スカートの翼ひろげて』のどちらを1位にするかはたいへんな問題だったが、個人的な思い入れだけの差で『ガッジョ・ディーロ』が僅差で1位となった。『スカートの翼ひろげて』が1位になって決しておかしくない映画であることを、ここで弁解しておきたい。

 『永遠と一日』については、第拾壱篇で述べた通り。アンゲロプロスの勢いは、まだまだ衰えることはない。4位以下は、多少難点あり。『シュウシュウの季節』は、あそこまで人間を追い込んでよかったものか。楽天的過ぎるのも困りものが、多少の楽天性を残しておけなかったのか、とも思えてならない。

 『トゥルー・クライム』では、刑務所と外の、乖離と接近が強烈な葛藤を生み出している。『ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア』におけるラストの海は、今でも感情を揺さぶられる。『ウィズアウト・ユー』は、エフェクトが多過ぎるのが気に障るが、映画の誕生を真摯に描いている点には好感が持てる。

 『天使が見た夢』での健康と不健康のせめぎ合いと逆転は、息苦しいくらいに迫ってくる。『パッション・フィッシュ』のボートと写真は、デジタル全盛となったかのイメージが強い今日において、映画とは徹底してアナログの世界なのだ、と改めて認識させてくれる。第10位にあたる映画は、とうとう見当たらなかった。

 

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 2000年 ベストテン 

1位 サイダーハウス・ルール
2位 バニラ・フォグ
3位 リプレイスメント
4位 天国までの百マイル
5位 ナトゥ 踊る!ニンジャ伝説
6位 DEUCE BIGALOW
7位 恋するための3つのルール
8位 マーシャル・ロー
9位 顔
10位 御法度

女優賞 サラ=ミシェル・ゲラー(バニラ・フォグ)
男優賞 イアン・ハート(クローサー・ユー・ゲット、ことの終わり)

 ヨーロッパ勢が壊滅。アメリカ映画の圧勝とは、自分でも信じがたい結果となった。もっとも、1位『サイダーハウス・ルール』のラッセ・ハルストレムはスウェーデン出身であり、純粋にアメリカという国家の勝利ではなかった点が救いだろうか。戦前にハリウッドが形成されていく過程を見ても、ヨーロッパから優れた才能が移入されたことが、その繁栄をもたらしたわけであり、それが今日、多少形を変えて存続していると見なしてもよいだろう。

 『バニラ・フォグ』のマーク・ターロフ、『リプレイスメント』のハワード・ドゥイッチらが、いかなる経歴の持ち主かは、今のところ調べがついていないのだが、もはや甦ることのないハリウッドを志向して、無謀なまでの回帰を試みたマーク・ターロフは、ラッセ・ハルストレム以上にアメリカ映画(ハリウッド映画ではない、念のため)の現在を体現しているし、ハワード・ドゥイッチが『リプレイスメント』で見せたフランソワ・トリュフォーへのレクイエムは、アメリカ―ヨーロッパといった、範疇など一笑に付すかのように超越してしまっている。
 『サイダーハウス・ルール』に続くこれらの映画は、アメリカ―ヨーロッパなどといった区分は、意味をなさないものとなっている現況を示しており、それゆえのアメリカ映画大勝利という結果だったのかも知れない。

 日本映画の躍進ぶりは驚異的だ。1998年に、『ラブレター』やHANA-BI』が1位へと迫り、世界のトップレベルに浮上していたものの、1999年には1本も入らず、その波が懸念されてはいた。突如逆転するかのように4本が送り込まれたのだから、その実力は確実なものとなったのではないか。

 『天国までの百マイル』は、瀕死の映画から決して目をそむけない真摯な姿勢と、全篇に自然光を使用する試みが幸福に交錯した傑作であり、4位という位置はむべなるかな、であるが、それ以上に今日的な意味を持つのが、5位の『ナトゥ 踊る!ニンジャ伝説』である。この映画と同じ日に公開された『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は、ある意味で革新的な作品ともいえる。しかし、それは映画とは別の文脈を導入することによって映画の変容を求めた行為に過ぎない。

 それに対し、『ナトゥ 踊る!ニンジャ伝説』は、徹底して反動的な映画である。ミュージカルという、映画の一手法に何の疑問をはさむことなく、愚直にそれを履行しようとする。重要なのは、ストーリーという時間軸
の中に、歌と踊りが突然入り込むことへ疑問を呈することではなく、歌と踊りそのものの力でそんな疑問をはさませない強引さなのである。そんな無茶が罷り通ってしまい、それに何の疑問も持たずに身を委ねることが、映画の幸福に他ならない。

 時代は『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の「新しさ」を歓迎するのかも知れないが、映画が歓迎するのは、決定的に『ナトゥ 踊る!ニンジャ伝説』の「愚直さ」である。別次元の価値を付加することで映画とは別のものを提示して問題点をすりかえるのではなく、流れから逃げずにその中で愚直に生き続ける厳しさを知る作り手だけが、映画の幸福へと人々を導くことができる。2000年のベストテンは、そんな主張をしているかのようだ。

編集部注・6位にランクインされている「DEUCE BIGALOW」は現在のところ日本未公開映画。監督はアダム・サンドラが主演した「ビック・ダディ」のデニス・デューガン。冴えない配水管工が凄腕ジゴロの留守番を引き受けることから始まる小品な恋愛コメディーですが、途中のマトリクスのパロディーなども含め作品としての完成度は高く、最後は観るもの全てを幸せな気持ちにさせる快作。日本公開またはビデオ化が待たれる一作。ちなみに野沢氏と私はタイで観ました。もちろん一緒に観た訳ではありませんよ。


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